先祖を辿っていくと

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よく考えてみたら、私の父も、そんなに儒教についてやかましく言うわけではないけれど、生き方は随分儒教的だ。
そもそも高校時代読んでいた論語はもともと父の蔵書だった。
私の叔父も、これまた今の世の中には珍しいぐらい儒教的な人間で、親孝行な人間だし、父や叔父を見ていて、なんとなく儒教的な価値観や生き方が小さい時から叩き込まれてしまったような気もする。

先祖を辿っていくと、肥後の菊池一族という、これまた異様に律儀に儒教道徳を守って破滅していった一族が私の先祖にあたるらしくて、たぶん、血というか、性分に身についてしまっているのだろう。

なんとか、この儒教の毒から自由になりたいと、日本の近代の思想家や文学を読み漁ったり、西洋の哲学や文学をかじったり、中国の近代において儒教批判を展開した魯迅や胡適の本をかじったりした。
そこで、儒教を相対化したり、その害毒を自覚したり、別の実存形式や生き方のサンプルを得たけれど、なかなか三つ子の魂百までもじゃないけれど、儒教的な規範からいまもって抜けきれない。

This entry was posted on 2014年7月25日 at 1:12 PM and is filed under 未分類. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Both comments and pings are currently closed.

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