三次元の世界

posted in: 未分類

よくわからないけれど、ひょっとしたら、浄土とは、五次元の世界のようなもの、ないし五次元の世界にあるものなのではなかろうかと思う。

おそらく、この三次元の世界においては、どんなに遠くの宇宙を探しても見つからない、そういう類のものではないかと思う。
等分にものごとを見るというのは、きっと三次元の世界にだけ足場を置いていても無理な話で、五次元や浄土に軸を置いて、はじめて開けてくる視野なのかもしれない。

なんでも分別してしか考えられない三次元の世界の外に出た、五次元からの視点を持つことができたときに、人はどんなことにも意味を見出す、等分の視点が持てるのではないかと思う。
そうした、生死解脱・怨親平等の等分のものの見方を見につけていくことが、念仏成仏ということであり、この娑婆での人生は、そのための日々のお育てであり道場ということなのかもしれない。

なかなか、そうしたものの見方が身につかず、すぐに死に憧れたり生をめんどくさく思ったり、憎たらしい人に死ねと思ったり、愛しい人にはいつまでも執着したりを繰り返しているけれど、本当は等分の方向にこの生が向かっているんだという、そのことは忘れずに、この人生を送っていきたいなと改めて思った。

今日は、不老水でシグリのコーヒーを淹れてみた。
とてつもなくおいしかった。

This entry was posted on 2014年4月5日 at 12:15 AM and is filed under 未分類. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

Leave a Reply

You must be logged in to post a comment.

  • 最近の投稿

  • 最近のコメント

    • アーカイブ

    • カテゴリー

    • メタ情報